·経済産業省許可の公益法人日本翻訳連盟の正会員·
中国語特許翻訳専門専門SOHO
中国語特許翻訳者としての私のスタンス
12年前、私は中国深センの日系AV機器部品メーカーの仕事を辞め、フリーランス翻訳者として独立しました。特許翻訳を始めたのはその一年後のことで、日本の特許明細書を台湾での出願用に訳す仕事でした。しかし本格的に特許翻訳案件を引き受けたのはここ数年のことです。今は翻訳仕事のほとんどが特許翻訳であり、その90%以上が中国語特許公報の和訳と日本特許の中国出願用明細書中訳文の逆翻訳です。
特許の翻訳は特許権利の成否に深く関わるので、クライアントから案件を依頼される度に、何時もびくびくしながら作業に臨みます。中国の古典「易経」坤卦の初爻に「履霜、堅氷至」(霜を履みて堅氷至る)とあります。これは霜を踏む時が来ると、天候は段々寒くなり、やがて氷の張る季節がくるという意味で、一見微かな変化が、実は大きい方向転換の契機であり、時が変わり、場所が移ると、大きな結果として現れることがあるので、最初の変化の段階できちんと対策を取らないと、将来多大な損害を被る時が来るという教えです。特許の翻訳に誤訳や誤記があり、それが訂正されないまま出願されてしまうと、特許の審査で拒絶されたり、たとえ特許が成立したとしても敗れてしまい、発明者の方々が長年苦労し、権利者である会社が莫大な資金を投入し、時には社運をかけて取り組んで、やっと実現した発明の権利が台無しになってしまう可能性が十分あります。特許の海外出願において、翻訳の段階は正に「霜を履む」段階であり、翻訳者は細心の注意を払い、将来「堅氷至る」時の試練に十分耐えられる、しっかりした訳文を綴るために努力すべきと思います。「堅氷至る」時の厳しさについて、坤卦上爻では「龍戦于野、其血玄黄」(竜野に戦う、其の血玄黄なり)と教えております。これは実力が伯仲の間にある陰、陽双方が熾烈な戦いを繰り広げ、結局「兩つ敗れ倶に傷む」凄惨な様相を示しております。特許係争でも勝負が付かず、だらだらと長引くことがよくありますが、特許翻訳者は将来ありうる特許係争に備えて、少しでも権利者の力になりうる訳文を綴るために渾身の力を注ぐべきではないでしょうか。これが特許翻訳者としての使命であり、取るべきスタンスだというのが私の所存です。
校正を繰り返した後、納品を前にして、「本当にこのまま納品して良いのか」と自分に問いかけます。「これがこのクライアントから頂く最後の仕事になるかもしれない」と戦々恐々の気持ちで納品した後、何か思い出すと夜中にも寝床から飛び起きて訂正して再納品することも度々です。振り返ってみると、こういう何時も「最後の仕事かもしれない」という気持ちで作業に臨んできたからこそ、結果として「最後の仕事」にならず、持続的に仕事をもらってきたのかもしれません。
良い訳文を綴るためには、高いソース言語の読解力、高いターゲット言語の表現力そして緻密な論理的思考力が求められますが、しかしそれだけでは足りません。特許翻訳者はさらに技術世界への熱い情熱を持つことが欠かさないと思います。発明者たちの苦労への敬意の気持ちが必要であり、技術世界への強い好奇心を持つことが大切です。世の中に新しい技術、新しい製品が生まれると、それに感動され、小躍りして悦ぶ気持ちを持つのも大切だと思います。
(社)日本翻訳連盟発行 日本翻訳ジャーナル2009年5月/6月号に掲載された寄稿より抜粋
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